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悩む余地など無いだろう。 シャルディアの空間だからこそ、僕はこうして“個”を保ててはいるが、所詮魂だけの存在だ。 独りで出来る事など無いから。 こくりと頷くと、シャルディアはぱっと表情を揮かせた。 そして、小さく空中に向けて指を、ぽんっ。という音を立ててテーブル一式が出てきた。これらの色も真白だった。 「良かった」 何も無い所だけど座って、という言葉に従って、椅子に腰掛ける。 ―――――本当に、何も無い。 きょろきょろと目線を動かして辺りを見回しても、目が痛くなる様な鮮烈な白ばかりが広がっている。 くすくすという笑い声に視線を戻すと、いつの間にかテーブルを挟んだ正面にシャルディアが広がっている。 「何も無い所で、退屈かな。」 今は、退屈ではないけれど、ずっと続くと飽きるだろう。 「だろうねぇ。」 その言葉と同時に、ぽんっ。ともう一度テーブルの上で聞こえ、視線をそちらに向けるとスケッチブックとそれを描く為の道具が現れる。 「絵を描くのが好き、だったと思うんだけれど、違ったかな?」 「!」 好きだと頷くと、好きに描くと良いよと、シャルディアは柔らかく微笑った。 まだ生きていた頃の、世界の絵を描いてみた。 何故か僕に懐いてくれた、黒くて、綺麗な野良猫。 夜の街に、公園。 きらきらと輝く、海と夜空。 名前も知らない人間が住んでいる大きな近所の家。 ごみごみとしている街並み。 人の住んでいない、荒屋。 近所の犬。 色んなモノを詰め込みすぎて、何を求めているか解らなくなっている、世界。 それから、それから――――。 思い付く限り、全部手当たり次第に描き出していった。 突如、ぽたりと何かの雫が紙の上に落ちて、折角、引いた線が滲んで、歪む。 何だろうと顔を上げると、頬が冷たく、正面に居るシャルディアは、酷く驚いた表情で此方を見ている。 そうして初めて、自分が泣いていることに気が付いた。 自覚してしまうと、もう駄目だった。 どうしようもなく、胸が苦しくなって、止めたいのに、止まらない。 視界がぼやけて、息が苦しい。 腕で涙を拭うと、更に酷く成った気がした。 「どうしたの?」 抱き上げられて、膝の上に乗せられた。 シャルディアはどうすれば良いのか、と思案している面持ちで、此方を見据えて、そう訊いてくる。 僕は、ぼくは。 ――――人間は、嫌いだった。でも、確かにあの世界は好きだった。
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