(a4)それは甘くほろ苦い――

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「昨日は来れなくてごめん」 距離を縮めることよりも先に、ヨハンは詫びることを選んだ。 彼女は首を振ると、そんなことはどうでもいいとばかりに身を弾ませる。 「ねえ、はやく来て」 ヨハンは数歩近づいた。 手を伸ばせば触れられる距離に、うっすらと光のベールが広がっている。 それは強力な結界だった。人間が創り出せる防御結界で、これ以上はないと断言できる代物だ。 (これに閉じ込められたら絶対に出てこれない) セシリアと正対しながらも、指輪に武器化を命じる。 蒼の色彩が右手に剣をもたらした。 シャンデリアから降り注ぐ無垢な光を、刀身が鋭く反射させている。 セシリアが数歩距離を開けたのを確認してから呟く。 「分解」 剣に嵌め込まれた蒼い石に光が灯った。 完全維持を司る左の緑石剣、それと相反する力が発動する。 切っ先を結界に近づける――と、まるで嫌うように、その箇所だけ淡い光が消失した。 そのまま真っ直ぐ斬り上げれば、刃の軌跡に人が通り抜けられるほどの穴ができる。 蒼石剣――それは完全支配を司る剣。緑石剣と同様、効力範囲と時間は極めて限定されるが、それでもこの剣はあらゆる障壁や結界を突破できる。 正確には、剣がその周囲の魔法効力を分解し、無力化するのだ。 魔法そのものを破壊するわけではないので、この結界が消失するわけではない。 ただ一時的に綻びをつくってやるだけだ。
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