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「……、おはよう」
制服に着替えてリビングに降りた私にお義父さんが声を掛けてきた。
途端に吐き気がして私はトイレに駆け込んだ。
夕べの悪魔の顔が吐き気を連れてくるんだ。
「大丈夫? 風邪でも引いたの?」
トイレのドアの向こうでお母さんの心配する声が響く。
「せっかく義父さんが戻ったというのにねぇ」
お婆ちゃんの嫌みな声が微かに私の耳元まで届いた。
悪魔の母は悪魔を溺愛していた。
悪魔は未だにお婆ちゃんにネクタイを締めて貰っているんだ。
温厚で控えめなお母さんは、そんな姿を見ても黙っていた。
そして悪魔の母、お婆ちゃんもやはり悪魔だった。
それは悪魔の儀式を時折ドアの隙間から覗き込んでいるからだ。
私に対して悪魔の儀式が行われるようになったのは一年前の高校二年に進級した年だった。
それは、悪魔と悪魔の母が寝室で悪魔の交尾をしているのをたまたま私が見てしまったのを気付かれてからだった。
あのおぞましい光景を思い出すだけで私は所構わず嘔吐していた。
この家は狂った悪魔に支配されていた。
「陽子さん、そろそろ清志の孫を見たいんじゃがねぇ、あはは」
トイレにうずくまっている私の耳元に悪魔の声が留まる。
そしてまた嘔吐した。
……、誰にも言えなかった。
悪魔の儀式のことは誰にも言えなかった。
私は魂を抜き取られた生きる屍に値するくらいに、光を失っていた。
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