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口もとに冷やかな笑みを貼りつかせたまま、琴音は意地悪そうに瞳を光らせた。
「恋夜があの男に抱かれてるのは、彼が妖樹様に似ているからでしょう?あの男は、妖樹様の代役ってわけですね。言えばいいじゃないですか、妖樹様に、僕を抱いてくださいって。ふ、呆れたものだ。妖樹様をそんな汚れた目で見ているなんてね。やっぱり血は争えない。思いあがりもいい加減になさい。妖樹様が恋夜のことなど、本気で相手にするわけないでしょう。でも、泣いて頼めばキスぐらいはしてくれるかも知れませんよ」
「っ!!」
思わず恋夜は、琴音をひっぱたいていた。
冬の澄んだ大気に、バシッと乾いた音が響く。
だが、平手打ちをくらったのは、琴音が咄嗟に掲げたセカンドバッグだった。
「琴音のバカッ!!大っ嫌いっ!!」
わなわなと唇を震わせて、恋夜は琴音を睨むと、その脇をすり抜け、その場から走り去った。
冷たい風が頬を刺したけれど、心に刺さった琴音の悪意に満ちた言葉の方が、ずっと痛かった。
(妖樹は……妖樹は僕を見捨てたりしない……!絶対に……!)
危なっかしい足取りでまろぶように走りながら、恋夜は呪文のように心の中で繰り返していた。
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