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「らしくないな」
煙草をくわえて火をつけ、高見沢は煙とともに言葉を吐き出した。
声も表情もひどく冷淡で、両手もコートのポケットに突っ込んだままだ。
マンションの部屋ではあんなに好き勝手に恋夜をいじりまわすくせに、店の中では、たとえほかに人がいなくても、高見沢は恋夜に指一本ふれようとしなかった。
用心からではなく、それが高見沢のけじめのつけ方だと、恋夜にもわかっていた。
「……何でもない」
小さくつぶやいて、恋夜は入口のフックからコートを取り、先に立って店の外に出た。
雪は、まだ降り続いていた。
後から後から……まるでこの世界を覆い尽くそうとするかのように、白い雪が間断なく降ってくる。
あらゆる音を雪が吸い取り、異世界に放り込まれたかのような錯覚を恋夜は覚えた。
身を切るような寒さの中を少し離れた駐車場まで歩き、恋夜は黒いスポーツカーの助手席に身を滑らせた。
ダッシュボードの灰皿にぎゅっと煙草を押しつけて、高見沢は強くアクセルを踏みこんだ。
店からマンションまでは、車で15分ほどの距離だった。
さすがに慎重に運転したため、いつもより10分以上も余分にかかってマンションまで辿り着いた。
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