冒頭

12/37
前へ
/37ページ
次へ
課長との奇妙な会話を終えたひかりは、保健所を出ると待ち合わせの緑林公園へと向かっていた。  男性と待ち合わせをするのは実に六年ぶりの事だった。  家庭裁判所で元夫と離婚調停したのが最後で、それ以来男っ気が無い。  17歳でできちゃった結婚をして、その上流産で子供の産めない身体になった。夫は妊娠中から浮気をしており、子供が産めない事から舅姑との関係も気まずかった。  結局両親から離婚を勧められたのが六年前。その折に、現在の仕事を紹介してくれたのが四郎だった。息の詰まりそうな生活の中にあって、新しい土地と仕事という事に魅力を感じたのは事実だ。  そして夫と別れ、この街で心機一転やり直す事にしたのだ。  もう男に媚びるような事はするまい、自分を押し殺すような事はするまい。  そう考えると、自然と化粧っ気も無くなり、服装にこだわりも無くなった。男っ気も無くなったが、どうせ子供が産めないのだから女性の社会的役割とやらを担わなければならない言われも無い。  そして、気楽に一人で暮らしてきたが……。 「ひかりさん!」  緑林公園の遊歩道の中にある東屋から若い声が響いた。  聖児の長身が、まるでメトロノームのように右手を振っている。 「お待たせ。って私、仕事終わってからすぐに来たんだけど、大学って何時に終わるの?」  ひかりがショルダーバッグを東屋のベンチに置きながら言うと、聖児は無邪気な笑みを浮かべた。 「大学は必要な単位だけとっておけば行っても行かなくてもいいんですよ。ひかりさんは知らないんですか?」 「大学へは行ってないから」  ひかりが言うと、聖児は納得した様子で、 「大学って言うのは、高校で言う授業が自分で選べるんですよ。一つの大学の中に、商業高校や工業高校みたいなものが入っていて、自分で選択するようになっているんです」 「それくらいは知ってるわよ。でも通った事が無いから中の事が良く分からないだけ」  ひかりは口を尖らせて言った。年下相手に口を尖らせるというのもどうかと思うが、聖児には相手の警戒心を解かせる不思議な魅力があるようだった。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加