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朗らかに名乗られて聖児は立ち上がりながら、
「僕は国際大学三年の緋瑠瑚聖児です」
つられるようにして聖児は名乗った。
「別に酔っていた訳じゃありません。ただ、待っている間にうとうとしてしまって」
聖児は弁解するように言った。自分でも何故そんな事を口走っているのか分からない。
「待っていたって? 何を?」
ひかりの両手は白いビニールの手袋に覆われており、掌が真っ赤に染まっていた。
「クロの……猫の葬式を」
適当な言葉が思い浮かばず、聖児は口にした。
すると、彼女は目と口を大きく開くと、
「電話して来たのって君?」
「そうです。えっと、おかしいですか?」
困惑気味に聖児は言った。電話でそれほど特徴的な事を口走った覚えはない。
「猫に餌をやる困った奴から電話があったって課長が言ってたから」
笑顔で聖児の顔を覗き込みながらひかりは言う。
「僕は猫と顔見知りって言ったんです」
「普通の人はね、猫が死んでいる、気持ち悪い、不潔だから片付けろって電話してくるのよ」
訳知り顔でひかりはウインクした。
聖児は小さくため息をついて視線を彼女のビニールの長靴に向けた。
「すみません」
「謝らなくていいのよ。私も猫好きだし」
快活な口調は区の職員というよりも大学の同級生といった方が良いだろう。普通の区の職員が皆この様子では苦情が殺到するだろうが、彼女にはこういった奔放な様子が似合っている。
「クロって名前だったんです。僕がそう呼んでいただけなんですけど。本人には本当はリチャード黒太子とかルイ十三世とかいう大層な名前があったのかも知れないですけど」
「変な事考えるのね」
「だって猫語って分からないじゃないですか」
聖児が顔を上げるとひかりは真っ直ぐに瞳を覗き込んできた。
「そりゃそうだけど……あなた変わってるわね」
その声には贔屓目に見て好意の響きがあった。それは聖児にとって妙にくすぐったい感覚だった。
「たまに言われます。僕は凡人なので、中々変人に見てもらえないんです」
「変人って思われたいの?」
興味深々の体で彼女が言う。
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