冒頭

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「確かに……この猫の首を切る事件は実は連続事件なの。この街で沢山の猫がこうして殺されているの」  まだ何か悩む所がある様子で彼女は言った。 「僕では力不足ですか?」  聖児が言うとひかりは目を閉じてから大きく鼻で息を吐き、 「いいわ。私も気になるし。警察は動かないし」 「じゃあメアド交換してもいいですか?」  聖児の言葉に彼女はおどけたように怒った表情を見せた。 「コンパじゃないんだぞぉ~。分かってるんだろうなぁ~」 「勿論です。じゃあ放課後探偵団って事で」 「私はビールお預け探偵団よ」  苦笑した彼女はビニールの手袋を外すと頑丈そうなスマートフォンを取り出した。  奇矯な青年というのが緋瑠瑚聖児の第一印象だった。  同年代の青年たちとはどこか違っている。野良猫に肩入れしたり、電波な話についてきたり、犯人探しなどという子供じみた事を言い出したり。  だが、嫌い、ではない。  だからこそ犯人探しなどという事に付き合う事にしたのだが。  作業着から職場でスーツ、更に終業後にTシャツにGパンという格好に着替えたひかりは、崎島区保健所生活科のオフィスを見回した。広さはバスケットのコートほどだろうか、そこにパソコンの乗った事務机を寄せ集めた三つの島があり、それが担当業務を抱えたそれぞれの課となっている。一言に保健所と言っても様々な業務があり、ひかりが所属する生活科一つとってもその業務は多岐に渡る。犬猫の相手をしていればいいというだけでなく、各種施設の営業許可などの事務処理や現場業務を兼任しているのだ。  ひかりの島の一番奥の席で一人の男性が、パソコンのディスプレイの間接照明を受けながらキーボードを叩いている。  ひかりとは遠縁に当たるその男性は、名前を小林四郎と言う。  髪を五分刈りにした中肉中背の中年で、小さな鼻、細い目と細い唇を四角い骨格に収めた昭和の香りの漂う顔立ちの男だ。どう贔屓目に見積もってもスーツが似合わず、作業着を着れば太平洋戦争の映画から抜け出してきた日本兵のような風貌になってしまう。 「お疲れ様です」  ひかりが声をかけると四郎はディスプレイから顔を上げた。
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