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器用に絵を描き続ける彼女と違い、僕の手はもう鉛筆すら握っていない。
ノートの上に転がって、僕自身もまた床の上に寝転んでただ彼女の話を聞いていた。
こうなった彼女はもう、誰にも止められないのだ。
「ペンは剣よりも強し。日本が誇るいい男、ゆきちもそう言っていたわ」
「……いい男?」
「ママが言っていたもの。お給料日にはパパより愛してるって」
それはひどい。
何となく意味はわかるような気もするけれど、彼女の父親に同情してしまう。
他人事と思いながらも、僕はふと思う。
「メイもそういうのがタイプだったりするわけ?」
「さあ」
恐る恐るといった僕の言葉とは逆に、あっさりとした返事。
「でも、有名な言葉は他にも知ってる。更に彼は言ったわ。人の上に立つためにはまず踏み台となる人物を探しなさいって」
「言ってないと思うよ……」
大体、最初のセリフだって彼女の言っていた事とは意味も違うだろうし。
それでも彼女は構わない。
「とにかく、何だっていいのよ。ペンがあれば人は何だってできるの。それこそ空を飛ぶことだって」
歌うように彼女は言う。
彼女はいつも、こうして夢に溺れているのだ。
そんな夢物語に魅入られた彼女に、僕はいつも意地悪をしたくなってしまう。
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