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あかねが専門学校を卒業後、就職に成功し地元の中小企業の事務職をこなしはじめた頃、父が体調不良を訴えた。
検査入院をする間、普段病気知らずの父のそれを家族みんなで心配したが、医師は何とも酷な病状を告げた。
大腸ガン。
それも末期で、延命治療を施しても1年はもたないと言われた。
我慢強い父のことだ。
きっと痛みを限界まで堪えながら仕事をしていたのだろう。
そう思うと、さらに胸が苦しかった。
「お前の結婚式には、お姉ちゃんと同じ額を用意しているからね」
父はあっという間に痩せ細って行った。
抗がん剤治療にたまに弱音を吐きながら、それでも生きるための希望を絶やさなかった。
そんな最中告げられた言葉に、あかねは胸に寂しさが吹き抜けるのを感じた。
「母さんがこれから一人で生きていくためにお前たちには財産をわけてあげられないけど、お前が嫁に行くときのためにちゃんと姉妹で同じ額を用意してるから」
専業主婦の母のために、姉妹は財産分与しないことにしていた。
それは前もって話し合っていたのに、あかねは父がこれから来るかもしれない死を受け止めていることに、酷く恐怖を覚えた。
「いいよ、それもお母さんの生活にあてなよ」
「ダメだ」
胸に覚えた恐怖を隠すように笑顔を貼付けたあかねに、けれど父は厳しい表情で首を振った。
「それだけは受け取りなさい」
ちゃんと用意してるんだから。
そして父は優しく笑って、病室に備え付けられたテレビのイヤホンを耳に付けた。
静けさが訪れて、あかねは視線を父からカーテンに向けた。
真っ白いそれが、開けた窓からそよぐ風に揺れていた。
それから4ヶ月後。
父は静かに息を引き取った。
闘病も終盤になると、薬はどんどん強くなっていき、父は眠っていることが多くなった。
テレビのように最後になにか言葉を残すこともなく、一つも表情を変えることもないまま、目の前にいるはずの父が旅立って行ったのだった。
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