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「緊張するね」
母は扉の閉まった教会の前に立って笑った。
父がいないあかねの付き添いは、母が受けることになったのだ。
「転ばないでね」
ちょっとドジな母をからかえば、緊張混じりの表情に少し母親のソレが戻る。
親をからかうんじゃないの、そう言うように。
「お義母さん大丈夫ですよ、俺なんて先に一人で入るんだし」
ニコニコと笑う新郎に、あらそうねと笑って返す母。
父が入院する少し前に付き合いはじめた彼を、あかねは結局父に紹介できなかった。
気の強い性格だから痩せて弱々しくなっていく姿を見られたくないだろう、もう少し回復してから、と母と話し合って決めていたことだったが、父の病状が良くなることは最後までなかった。
何があっても厳しく強い父だった。
だから入院中に無理矢理会わせるようなことはしたくなかったし、しなくて正解だったと思う。
実行していたらきっと怒られていただろうな、と眉間に深いシワを走らせたしかめっつらを思い出しながら唇の端をあげた。
その父の闘病中に漏らした言葉がふと、蘇った。
『殺してくれ』
抗がん剤の強さに幻覚までも見ながら、ついに吐いた本音だった。
『死んでしまいたい』
同時に数年前、自身が漏らした言葉がフラッシュバックして、あかねは思わず母へと視線を向けた。
母はまだ新郎と小さな声でおしゃべりしていた。
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