strawberry

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案の定、部屋の鍵はかかっていなかった。 短い廊下にはまだ、 シチューの匂いが少し残っていた。 息を殺し歩き、 最後の数歩で、 フローリングをギシとやってしまう。 リビングのテーブルの下、 うずくまるよう眠っていたリクが、 うっすら片目を開けると 言った。 「……おか……えり……」 なんとも言えない顔をして 起き上がり、 肩をすくめ、目線をそらす。 「……ただ……いま……」 言うとすぐに、 テーブルの上、 私はそれを見つけた。 分厚くて、 白くて、 リクの第一志望やった K大医学部の、 大きな封筒。 「……合格……したん……?」 「……うん……朝イチで来た。 最初アオかと思って出たら違うかって、 がっかり……した」 大真面目にそう言うリクに、 つい吹き出してしまう。 リクはふいをつかれたみたいに目を丸くして、 それから、ホッとしたように 少し笑った。 「……オメデトウ……」 リクの鼻先に小さくキスをすると、 色の無かったその頬が、 薄く淡い桜色になる。 私がこの時言うた オメデトウ、は、 合格のオメデトウ、ではない。 ずっと言ってあげれなかった。 オメデトウ、が私にはある。 リク、 やっと男の子になれたね。 今までの私は、 そう言ってあげれなかった。 何者でも無いものにリクを追い込んだのは私で、 何者でも有るものにリクを 救い上げるのも私やと、 ようやく気づけた 自分へのオメデトウが、 そこにはあった。
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