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「……あれ……は……嘘……?
それとも……」
潤くんはカレンダー隣の
壁にもたれたまま。
顔はやや上を向き、
プールの後の子供みたいに、
疲れた色をしていました。
「…………ほんま」
言いながら、
行く宛のない春巻きのお皿に、
目線を落とします。
「……………………そか」
騙された、
と言うような罵倒じゃないのが
堪えました。
このままバラさず、
適当に付き合い、
いつか……
フェイドアウトしてしまう事も
出来たはずです。
けれどリクが、
そうさせてはくれませんでした。
「…………やろな。
だってあの人……
めっちゃ……真剣やったし」
まだ顔はちゃんと見てくれません。
拗ねている。
怒っている。
呆れている。
そのどれとも、違う気がしました。
「……リクは私の先生の」
「…………聞いた。
で、今は、あっちゃんの友達。
……で、合ってる?」
「…………うん」
ようやくそこで、
潤くんは私を見てくれました。
黙ってお皿を受け取り、
キッチンに置くと、
また私に向き直ります。
「……あっちゃん……」
「…………ん……」
春巻きを見つめることも
出来なくなって、
息があまり……
うまく出来ません。
心臓がポンプのように、
血液を、送っています。
「……あっちゃんがもう嫌やって言うまで、
俺が隣、歩いていい……?」
潤くんの声は、
確かでした。
きっとそんな風に、
きちんと
育ってきたんだと、思います。
私の答えを待たずに潤くんは、
リュックの中から
それを取り出しました。
革ひもに、とりどりのガラス玉と、
角を持たない銀のヘッド。
AOI、ではなく
あおい、とひらがなで刻まれた文字は、
去っていくリクと同じに、
切ないものでした。
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