語られぬ一幕

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『総員、一時撤退準備』  真帆が的確な指示を出す。こちらの数は相手と同じ三人だが、一三四は銃を構える事すら厳しそうだ。そうなると三対二。和美と長太郎の実技の成績は良い方で、二対二ならば勝てた可能性が高い。しかし敵は今回の演習の生き残りで、動きから見るにチームワークの良い班なのだろう。長太郎が所属するB班は上手く役柄が分かれているが、基本的にワンマンプレーの多いチームだ。事実、早々に戦線離脱した眞柴想一は映画のように一人で突っ込み、しかし現実的に瞬殺された。  長太郎は持っていたM4の安全装置をかけると、スリングを肩に引っかけてサブウェポンであるハンドガンを抜く。インカムから絶えず送られて来る情報により敵の位置は分かっているため、逃走方向の警戒をする必要は無い。それよりも今はこの場を離れ、一度体勢を立て直すのが重要だ。 「――――橘、撤退だッ!」  本来リーダーである彼女が発するべき言葉を長太郎が代わりに発する。一三四は長太郎の言葉に従い、疲労のためかふらつきながらも足を動かしていた。しかし、橘は動かない。 「橘ッ!」  叫ぶ長太郎の数センチ横を、レーザー銃が放つ特徴的な光が横切った。  長太郎は動かない橘を抱き抱え、可能な限り体勢を低くするために地べたに這いつくばった。 「橘、何を考えているッ!」  叱咤する。  チームを組んでからの日が浅いとはいえ、長太郎は橘の人となりをある程度掴んでいた。それ故に、逃走という手段を彼女が好ましく思っていない事くらい分かっていた。橘は逃げるくらいなら突撃する、という思考回路の持ち主なのだ。  競争意識が強い――――簡単に言えば負けず嫌いな彼女は、こういった場面で人の言葉を聞く事は無い。だからこの場で長太郎が取るべき行動は二つある。一つは橘を見捨てて撤退する事。そしてもう一つは突撃する橘の援護をする事。  だが、それらの選択肢はベストでは無い。長太郎が取るべき行動はその二つだが――――ヒーローが取るべき行動は、それとは違う。
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