語られぬ一幕

6/9
前へ
/9ページ
次へ
 今回言ったスイッチとは状況に応じて撃ち方を変えるスイッチングでは無く、切り替えを意味する方だ。  橘は即座に反転すると膝を立て膝射の体勢を取り、リロードをする長太郎の援護を行う。隣を長太郎が駆け抜けて行くのを確認するとすぐさま弾倉を交換し立ち上がる。  二人は互いに交互躍進の形を取りながら亜紀たちが支援可能となる位置を目指して後退する。  真帆からの情報によると、あと数十メートルも走れば開けた草原に出るらしい。そこなら亜紀の狙撃により優位に立てる。隠れる所が少ないというデメリットもあるが、そこはブッシュ等地形を上手く利用するしかない。最悪、地面に伏せて全てを亜紀に委ねるという選択肢もある。 「一三四! 大丈夫か!?」  しかし、前方にてへろへろと走る一三四を視認する。正に息も絶え絶えといった感じで走っており、合流すると確実にペースは落ちる。  進行方向を変え、自分らを囮に一三四を逃がすという方法もあるが、それだとこっちがやられる。腰に付けたマガジンポーチに触れるが、予備の弾倉は残り二つしか無い。  一三四を犠牲にすれば楽に逃げる事が出来るだろうが、それはヒーローが取る行動じゃない。  結果、長太郎は多少のリスクを省みず一三四と合流し、足並みを揃えながら後退する事を選んだ。  もちろん後退速度が落ちれば敵の攻撃も激化する。完全に位置がばれているわけでは無いため誰も被弾していないが、運が悪ければいつでもヒットするような位置を敵の弾が通過していく。  そして、幸運とは長くは続かないもので――――足元付近に着弾したため反射的に回避行動を取り、バランスを崩した橘が転倒した。 「一三四ッ! 橘を頼んだッ!!」  それを知覚すると同時に長太郎は各班に一つだけ支給されたスタングレネード(学校では閃光発音筒と習うが、通称はスタングレネード)を敵が居るであろう位置に投擲する。  瞬間的に百六十デシベルとなる音響、百万カンデラに達する閃光。それらの効果は非常に絶大で、先程から休む事なく行われていた銃撃はぴたりと止んだ。  そもそもの有効範囲は狭いが敵の誰かに運良くヒットしたのか、それとも単に様子見か。答えは出ないが、少しの時間稼ぎとなった事は確かだ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加