語られぬ一幕

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「――――ッ!」  撃たれたなら敵も応戦せずにはいられない。長太郎は銃弾の方向から敵の位置を把握し、上手くスイッチングしながらブッシュを狙い打つ。敵の姿は見えなくとも位置は分かる。それに、こちらから見えないという事はあちらからも見えない事を意味する。 「リロード……ッ!!」  味方はいないが癖で呟き、即座にマガジンを変える。普段ならキチンとマガジンポーチやダンプポーチに空となったマガジンを収めるが、今そんな余裕は無い。なるべく邪魔にならない位置にマガジンを投げ捨て、引き金を引く。  そして予備のマガジンを一つだけ残して全弾を撃ち終わったあと、辺りから音が消えた。  風の音や木々のざわめき、鳥の鳴き声は聞こえる。しかし木の枝が折れる音等、人間が立てる不自然な音は聞こえない。  長太郎は音を立てないようにゆっくりとM4をその場に起き、右足に付けていたホルスターからハンドガンを取り出して構える。  緊張で渇く喉を誤魔化すために唾液を飲み込む。ごくり、と鳴る音がうるさく感じられる。震える足を抑えながらゆっくりと前に進み――――ぱきり、と足下で枝が折れる。 「――――ッ!!」  考えるより先に屈み、敵の銃撃を警戒する。  十秒か、一分か、はたまた五分は経っただろうか。無限に感じられる時間の中、長太郎は何も変化が無い事を確認すると、生い茂る草を掻き分けて敵が居たであろう位置に向かった。  そこには、白旗を地面に突き立てて寝そべっている人間が二人居た。降参、では無くヒットした証のような物だ。  ヒットした人間には先生方から無線が入り、迎えが来るまでそうしておかなければならない義務がある。もちろん武器類はロックされ、味方との通信も途絶える。 「…………よし!」  湧き上がる歓喜をなんとか抑え、しかし僅かに漏れ出た感情をガッツポーズで表す。  一歩ヒーローに近付いた気がした。仲間を救い、敵を倒す。これ以上に無いくらい上手くいった。三人だった敵が二人になったのは僥倖だった。恐らくこちらが逃走している最中に放った弾丸が、運良くヒットしたのだろう。三人だったら少し苦しかったかも知れないが、そんなもしもは考えるだけ無駄だ。目の前には結果が映っている。――――結果という名の、銃口が。
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