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「
正一様
この手紙を見付けてくれて、
有難う御座います。
昨日、総合病院の石川先生に
手の施しようがないと言われ
ているのが聞こえてしまい手
紙を書く決心をした次第です
貴方はよく私に「俺をきちん
と看取れよ」と言っていまし
たね。
貴方のことを看取れなくて、
申し訳ない気持ちで苦しいで
す。
正弘のいない、こんな大変な
時に貴方に心配をかけてはい
けないと堪えていたのがいけ
ませんでした。
しかし、もう、どうにもなり
ません。
この手紙を見ている今はきっ
と私はもうこの世にはいない
のでしょう。
貴方と暮らした日々は本当に
楽しかったです。
引っ込み思案で中々想いを言
ない私にとって貴方は太陽で
した。
太陽の存在があって、今日ま
で生きてこれました。
貴方、本当に有難う。
ただ、どうしても死にきれぬ
程に気に掛かる事があります
正弘の事です。
貴方は死んでると思っている
ようですが、正弘は生きてい
ます。
ただ、家に帰る時期を損ねて
しまっているのです。
どうか、貴方が迎えに行って
下さい。
私からの最後のお願いです。
私は、あちらであなたといつ
の日か会えるのを待っていま
す。
あまり、沢山は待たせないで
くださいね。
皆をお願いします。
初江
」
綻びたシャツの首のところが、ぐっしょりと濡れていた。
封書の中には、もう一枚、小さな住所の書いてある紙が入っていた。
見ると隣町の住所のようだが、いかんせん、何故か視界がぼやけてよく読めなかった。
目を擦ると、手もぐっしょりと濡れた。
ずっと昔に船の掃除を手伝っていた初江に、この小さな蝶番がついた扉はなんなのと聞かれた事があった。
「俺は大事なもんを入れている」
と答えたのを思い出した。
確か夏の暑い日の夕方だった。
沖合いに浮かぶ真っ白い入道雲を眺めながら二人でお茶を飲んだのを憶えていた。
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