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小さな紙に書かれた住所には汚いアパートがあった。
その部屋の表札には何も書かれてはいない。
何度も強く、ドアを叩いたが反応はなかった。
『ちょっと、あんたさ、煩いんだけど…。日向さんなら、まだ帰ってないよ。もうそろそろ帰ってくる時間だと思うけどさ。』
隣の部屋から、派手な三十代くらいの何かを頭に巻き付けた女が窓から、顔を出して教えてくれた。
正也と共にアパート前の坂道で待つことにした。
西日が夕焼けの茜色に変わり、少しずつ闇へと移り変わる時間だ。
小一時間経ち、辺りが闇に包まれた頃、すぐ近くから変な音が聞こえた。
くぐもった、その音の出所を見ると、正也の口が…動き、そこから出ていたものだった…。
「……ぶぁぶぁ…ぶぁぶぁ…」
小さな瞳に沢山の涙を貯めて必死にお腹の底から声を絞り出している正也がいた。
その瞳の先を見ると、坂下に黒い鞄を足元に落とし、ぽかんと口を開けた正弘がいた。
『…正也…なのか…』
親子は長い時間、ずっと抱き合っていた。
頭に何かを巻き付けた女が興味津々に目を輝かせながら顔を窓から出している。
血とは不思議なものだ。
どんなに会えない時があろうと、その間を埋める成分があるかのようだ。
温かい何かが…含まれているのであろうか…。
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