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『お…お…正也…』
正也は、三人分のランドセルを両肩、そして胸に抱き締めて、よろよろと歩いていた。
先頭を歩く体の大きな意地悪そうな顔立ちの少年が声を上げた。
『おい、正也、お前を呼んでんじゃねの?はっ、きったね。ミイラみてぇなじいさまだな。』
周りにいた子供達が一斉に笑い始めた。
俺は立ち尽くし…少し離れてうつ向く正也を見つめた。
正也は…喋ることが出来ない。
二年前に父親が家を出ていってしまった日から、口数が少なくなり、半年前に、祖母である初江が死んでから、完全に話す事が出来なくなった。
嫁が必死にあちこちの病院へと連れて行ってるみたいだが、一向に変わらない。
耳の先まで真っ赤になり、震える正也を見て、俺も言葉を失った。
『返せよ!』
子供達は、正也からランドセルをむしり取り、路地へと笑いながら消えて行った。
正也は、道路に座り込んで声を上げずに、ただ涙を流していた。
胸の痛みと共にこっちまで泣きたくなってくる。
『帰ろか。』
手を伸ばした。
正也の肘に触れた時に、突然立ち上がり、両手で打ってきた。
まるで、全身で拒否するように…俺を…八歳とは思えぬ力で打ってきた。
今度は俺が道路に座り込んだ。
振り返ることもしないで、家へと走る正也の後ろ姿を目で追うことしか出来なかった。
来年で喜寿を迎える体では、八歳に全力で向かってこられては耐えきれないんだなぁ。
己の衰えを今…知った。
信号で止まった車の中から、大きな音楽の音と一緒に罵声を浴びせられた。
歳を取って、何一つ良い事なんてありゃせん。
嫌な事と、寂しさと段々と言うことを聞かなくなる手足があるだけだ。
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