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おとなしい口数の少ない女だった。
我慢強い女だった。
俺が酒を飲んで、癇癪を起こし、握りこぶしで殴っても何も言わなかった。
そんな事も一度や二度ではない。
飲み屋の女がこの家に乗り込んで来て、三日ほど居たこともあったが、ただ黙って、その女の飯の支度もしていた。
そんな月日を過ごしているうちに気付いたら、泣き顔のような笑顔を浮かべる年老いた老婆になっていた。
食べ終わった食器を流しに運ぶ途中に吐血し、救急車で運ばれた先の病院で、
「症状があったはずです。もう…手の施し様のない末期の胃癌ですね。年齢を考えると手術は…」
俺は、最後の日まで初江を笑顔にさせてはやれなかった気がする。
死に顔まで…苦痛に歪んでいた。
俺が先に死ぬつもりだったのに…そんな思いから、死に顔にまで…八つ当たりした。
今になって、仏壇の遺影に向かって…ぎこちなく笑いかけて…きっと初江はこんな…俺を気味悪がっているだろう。
畳に、水滴があった。
なんだろうと思ったら、俺が泣いていた。
歳を取るとそんな事すら、後から気付くとは、悲しいものだ。
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