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気が付くとちゃぶ台にうつ伏せて寝てしまっていた。
袖口に涎の染みが出来ていた。
歳を取ると、どこもかしこも緩んでくるらしい。
集中してこさえたから、かなりの数の仕掛けが仕上がった。
業務用の大きなハリスを道具箱へと片付け、船へと積み込む為、港へと向かうことにした。
この辺りじゃ家に鍵などかけたりしない。
でも、嫁から怒られるから鍵をしなくてはいけなくなった。
面倒だか仕方がない。
嫁がパートから帰って来る時間を避けて、久しく掃除をしていない船を片付けてから帰ろう。
隅から隅まで片付けしたら、それくらいの時間は稼げる。
一石二鳥とはこういう事を言うのだな。
一人、港の入り口でほくそ笑む。
が、直ぐに真顔に戻した。
あの老漁師、とうとう呆けたかと思われると思ったからだ。
俺の船も朽ちたもので、「栄喜丸」と船体に書いた塗装も剥がれ落ち、遠くからでは読み取れないかもしれない。
初江と結婚し、この小型船を新造した時は夢と、希望と、喜びに溢れていた。
もっと沢山の喜びをと名付けた船名だ。
眉間に皺を寄せ、船体をなぜてから船へ乗り込んだ。
ゆらりと揺れる船底に老体がついていかず、よろめいた。
右舷の縁に掴まり、なんとか倒れないですんだ。
あと何年、船に乗れるだろうか。
あと何年、生きていかなくては…ならないのか。
誰も自分を必要としてないことぐらいは、この老体にでも…わかっている。
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