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恵種 正式名称『知恵の木の実の種』
新たなる知恵を人に齎したクスリ
「ガラス兄弟、またコンビニ襲ったらしいですよ」
首を振っている扇風機の風に、大きく広げた新聞が数秒ごとに揺れる。声の主はすっぽりと姿が隠れて見えない。風の影響もあるのだろうが、真ん中の折り目辺りには、グシャグシャと皺が寄っていた。
「聞いてますか?」
読んでいるのは女の子。随分と若そうだ。
「えぇ、勿論」
話し掛けられた男は申し訳なさそうに椅子に座っている。頬や口周りに、チョロチョロと無精髭。どう剃ればこれだけ散漫になるのだろうか、見事なゴマ塩だ。髪は伸びただけで、セットの跡も櫛で説いた形跡もなく肩に掛かっていた。男が着ているスーツには、如何にも仕事が出来ませんといった線が無数に入っている。この格好で寝ていたようだ。少し垂れ気味の目が、眠たそうな印象を与える。本人はいたってリラックスしており、表情は作っていない。歳は三十を過ぎていそうだ。
両手に白手袋を嵌めているが、潔癖とは程遠い。左手の中指と人差し指で広告や雑誌ばかりの、仕事の道具が見当たらない机の上から携帯を掘り起こした。自分の持ち物で手袋をしているのに、まるで汚物を摘むように二本の指で掴み上げ、もう片手の親指で開いて中を確認する。
「では、その事件の現場周辺を探りましょうか」
「う~ん、わかりました、行きましょ。行きますけど、出てきた時と印象が違い過ぎませんか、ガラス兄弟」
新聞を折畳む女の子。黒髪の、綺麗に丸みを帯びたお河童頭が現れ、すぐにそれ以外も見えてくる。左目にはウサギの刺繍が施されたピンクの眼帯。セーラー服のような服を着ている。肌は真っ白で、刺繍のウサギにも負けないほどだ。クリクリとした目は、気泡のないビー玉のように綺麗に作られていた。ガラスケースに入っていたなら、人形と勘違いしてしまいそうだ。
「三年前に出てきた時は、あんなに格好よかったのに」
「そうですね。ところで、そういう格好、止めてもらえませんか。街中、歩き辛いですから」
「どうしてですか? 私と同じくらいの子たちは、皆こういう格好で学校に行ってますよ?」
男はポケットに携帯を滑り込ませ、溜息を残して玄関に向かう。「ではせめて、ピンクは止めませんか」
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