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「うん。たださ、紫陽花というのが、実はライラックのことらしいんだな。それで、覚えてた」
「なるほど。確かに、それは全く印象の違う映像になるのでしょうね」
「あっ……そう、か」
「はい?」
「ブライトさん、花は知らない……か」
「はい。動植物等の趣味属性データは、別売の辞書アプリケーションなので、初期搭載はされていないのです。ですが、情景描写における花の種類が異なれば、映像は別物になります。従って、そこに描かれた作者の心情も異なるであろうことは、理解出来ます」
「そっか」
「はい」
ふと。僕は、あることを思いついた。
「ブライトさん」
「はい」
「“6月”を見に行こうか」
「はい?あの、仰有っている意味が分かりません」
「行けば分かるよ。ちょっと待ってね」
ロード・マップを開き、コンソールに設置されたナビゲーション・パネルに緯度経度の数値を打ち込む。
「あの……」
「ん?」
「只今入力された数値は、自動走行車両用公式ルート・マップには……」
その通り、一般的なドライブに適さない農道や林道は公式ルートには、ない。でも、ライダーには、そうではないのだ。
「大丈夫。安心して。公道じゃないだけで、れっきとした道だから」
「分かりました。……アナタを信じます」
「有り難う」
ゆっくりと頷いたような微かな作動音がし。
ブライトさんは、車庫から顔を出した。
この時期特有の、柔らかな陽射しが、ブライトさんのオフ・ホワイトのボディを包む。
残されていた天からの置き土産が、路肩の草花のあちらこちらで透明に煌めくなかを、僕らは郊外へ向けて走り出した。
Fin
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