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  「こっちの生理的なもんで、ホントに一方的な言い分だってのは分かってる。申し訳ない」   「……」   「キミの名前、“ジューン・ブライト”ってのは尊重するから……」   暫しの間の後。ブライトさんは静かに、呟くように答えた。   「少し、お時間を頂けますか。イコライズ・プログラムを検討する必要がありますので……」   オーナーとはいえ、僕の“命令”は、人工知能による人工の人格ながら、ブライトさんの個性を否定する行為には、違いない。   「了解」   「すみません」   「いや……無理ならいいんだ」   「……すみません」       さて、ブライトさんの人工知能育成システムというのは、早い話が、オーナーの与えるデータ次第でバカにも利口にもなる、ということだ。   言い換えるなら、個人仕様自律機能性とは、オーナーの行動・言動の嗜好やパターンが、車の性能や個性を決定する、といえる。   例えば、町乗り中心のオーナーであるならば、利用地域の交通情報や道路事情にあわせた自動走行機能が、また、娯楽としてのドライブを好むオーナーならば、それに対応した機能が優先的に構築されて特化成長する…と、いった具合に、まさしくパートナー的カスタマイズが出来るわけだ。   しかし……車イコール下駄でしかない僕には、“ブライトさん”をどう育てればよいのか、さっぱり検討がつかない。   実は、普段の僕の乗り物は、バイシクルかバイク。すなわち、ただの二輪車なのである。勿論、それらに人工知能などは付いていない。       「……どうしたものかな」誰に言うでもなく、僕は呟き。運転席のシートに背を預け、腕を組んだ。   フロント・ガラス越しに重く立ち込めた鈍色の雲が見えてい。 敷地内駐車場は昨夜の雨で黒々と濡れている。   「しゃんとしない空だな……」   「今朝方、梅雨入り宣言が出されましたから」   「……何年植向仙壇上 早晩移栽到梵家 雖在人間人不識 与君名作紫陽花」   「それは?」   「ああ、昔の詩人の詩だよ。日本語訳は、『何れの年にか仙壇のほとりに植えたる。いつか移しうえて梵家に到れる。人間に在りといえども人識らず。君のために名づけて紫陽花となす』……だと思った」   「文学的な美しい詩なのですね」  
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