コスモポリティスモ・センティメトロポリタノ

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    ***  当市街に秋の気配が訪れた或日のこと。    M大学図書館第三閲覧室から退室した時、真拆は22歳の風貌をしていた。昨晩の不眠と、漣のような偏頭痛のためにひどく不機嫌そうな眼を、左手頸の水晶時計に向けた。時刻は18時32分だった。外は薄暗かった。  正面玄関を出る際、そこに設置された菱形の門燈がきらきらと撒き散らす二等辺三角形の灯を背中に浴びた。するとその風貌は16歳に変わったように見受けられた。あるいは気のせいかもしれなかった。そうして彼は図書館を出、大学正門を抜けて、ポケットに両手を突っ込んだまま、街へと歩いて行った。  一陣の突風で吹き飛ばされてしまいそうな体躯の彼は、その歩行に♯の靴音が伴うのであった。どうやら彼の靴音は、他の男性よりも半音高いらしい。彼が歩いたあとには♯型の足跡が、薄く残っている。   #……  青い夕闇が流れる商店街の一角に煌びやかな星型の飾窓を持つ赤煉瓦のbakery.――そこで立ち止まる。閉店間際に安売りをするこの店では、その合図として四人の菓子職人が店先に並んで立ち、美しいharmonyで「Swing dawn sweet chariot」を歌うのが常のことだった。 Why don’t you swing down chariot Stop and let me ride――♪  バターロール(The butter rolls)という名で活動するこの重唱団は菓子職人としての腕もまた優秀で、当区廓で最も愛されている職人集団と言って差し支えなかった。この一曲を終えると四人はゆっくりとお辞儀して、店の中に戻って行った。拍手がそれを見送った。  Switch.ベエカリイの飾窓に灯が点く。    
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