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「あなたはいつもわけのわからない病気を持ちこんでくる」
医師は言った。
「先々月は、影が青くなってしまったというので駆けこんできたし。先月は宙に浮いてしまうなどと。そして今月は」
「私のせいではありませんよ」
真拆は目を伏せて、ふてくされたように呟く。
一通りの診察を受けたあと、海辺にある小さな診療所の紹介状を書いてもらって、真拆はそこへ入院することになった。色褪せた白壁に囲まれた小さな病室での生活はさほど不自由ではなかったのだが、以前とは勝手の違う自身のからだと折り合いをつけるのには難儀した。それに夜毎、月への意識が高まっていくのも気がかりだった。真暗な寝台の上でかたく眼を閉じていても、まるで屋外で眺めるのと変わらないほど明瞭に月の存在を感じるのは怖かった。
華やかな飾窓が並ぶ繁華街を持つ以前の街ならばともかく、このさびれた海辺の町に真拆の街灯的気質は聊か場違いだったようである。時計を見るのをやめ、診療所の小さな庭園に咲くリンドウに視線を注ぐようになったのは、一言でいえば環境の変化ということだろう。そのどこか翳りのある釣鐘型の花は真拆の眼を少なからず楽しませた。けれども、病人の寝台から見える花が疫病草とは悪い冗談のようにも思えたが。
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