6人が本棚に入れています
本棚に追加
これはエラいのに捕まった。早く何か答えないとヤラれる!と思いながらもビビりすぎて声も出せずに小さくなっていると、その100%ヤクザは意外にも温厚な笑顔で、「どやニイチャン、今仕事してへんのやったらえぇとこ紹介したるで?」と、再び声を掛けてきた。
いくら物腰が柔らかでも体から滲み出る脅迫じみた迫力がある。僕は危うく、う~んそうですか、じゃあ、と答えそうになったが、いくらなんでも人生を終わらせるには早すぎる年齢だったのでなんとか勇気を振り絞り、「いや、今仕事してますんで」と答えた。
なにしろ相手は100%ヤクザである。今度は笑顔も消えて本性剥き出しに「えーから黙って来んかい!」と脅してくるかもしれない。あるいはもう問答無用で拉致、というのもこの人達にはアリの話である。
なんて事を考えている間に100%ヤクザは「ほなしゃーないな」と、なんともあっけなくその場から去ってしまった。
後に残るのは行き場のない緊張感と、何が起こったのかよく分からないままボーっと突っ立っている僕一人であった。何だかあんなにあっけなく去られると、あの100%ヤクザは本当においしい話を持っていたのかもしれないという気さえしてくる。しかしおそらくそれこそが彼らの手で、もしあの場で僕が「はい、お願いします」とでも答えようものならたちまちトラックの荷台に乗せられ、人知れない山奥で一日おにぎり二個とタバコ一箱だけを報酬に日の出から夕暮れまで犬馬のように働かされ、その辺境の地で立ち尽くしていたのではないか。今でこそ冗談みたいな話だが、その頃は家出人に対するそんな噂がまことしやかに流れていたのだ。
なんとか気を取り直し再びケーゾーの宿へ向かい始めたが、何も都会の家出道に塞がる障害物はその100%ヤクザだけではなかった。
最初のコメントを投稿しよう!