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壊れてしまいそうなそれに、そっと手を伸ばす。どうか壊れないで、そう願いながら。
触れるか、触れないか。
その瞬間、ピアノの音が聞こえた。
「っ、」
手を引っ込め、部屋を見渡す。ピアノの音はまだ続いている。物悲しげなそのメロディーは、音の元を探ろうとする耳に、優しく触れてくれる。目的を忘れて聞き入ろうとする耳を、青年は何とか働かせた。
やがて青年は壁に歩み寄り、ピタリと耳を押し当てた。間違いない。音は壁の向こうから聞こえてくる。薄暗くてほとんど見えない中、手探りで何か無いかと調べる。やがてその手がドアノブを探り当てたとき、音はピタリと止まった。
少し破れていたドアの向こうに踏み込み、まず目に入ったのは、白いグランドピアノだった。
その前にきちんと置かれた椅子は空っぽで、近寄って触れてみても何の温度もない。だが、鍵盤の蓋は開けられていた。
きっと誰かいる。
青年は拳を握りしめ、空を見上げた。天井は驚くほど高い場所にあり、天窓から優しい光が降り注いでいる。それを心地よく感じながら、同時に、ここならさっきの黒いものも来れないだろうと、安堵した。
ピアノの周りには、楽譜が詰め込まれた本棚がいくつも並んでいる。詰め込みきれなかったらしい譜面が床に散らばっていて、一つ拾い上げてみたものの、青年には難しくて何も読めなかった。
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