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私、河城にとりは河童だ。
河童――所謂メジャー妖怪ではあるが、力の弱い者だった。
もう数百年、いや千年以上前の話だが、妖怪の山には鬼が住んでいた。その頃の妖怪の山は、上下関係がはっきりしていた。一番上に鬼、二番目に天狗、それ以降は順不同。
力の強い種族が、弱い種族を虐げる。
そんな頃に、私は生まれ、育った。そんな時、私はあの鴉天狗と出会ったのだ。
その日の事は今でもありありと思い出せる、暑い夏の日の事だ。私はある滝壺に居た。そこはとても広い湖のようになっていて、他の河童も天狗も鬼も、誰も知らない私だけの秘密の場所だった。
私はそこで泳いでいた。その日も天狗に殴られたりして、嫌な気分だったのだ。
そして、泳ぎ疲れた頃に、「あ」という、決して私ではない、凄くマヌケな、幼い声がしたのだ。
ふいとそちらを向いて見れば、幼い鴉天狗がこちらを見ていた。いやー、驚いたよね。まさに硬直っていう言葉がピッタリ当てはまる位、私は固まっていた。
まずい、よりにもよって天狗様に見付かった――それだけが頭の中を巡って、私はあたふたと水から上がった。
「あややや……せっかくいいところを見つけたのに、先にヒトがいましたか」
苦笑、というか、悔しそうに、その鴉天狗は笑っていた。屈託の無い、偏見も何も無い、純粋な笑み。私はおや?と思った。私はもっとこう、口汚く罵倒されると思っていたのだ。
「いつからあなたは此処を見付けていたんですか?よければ教えてほしいです」
鴉天狗は、ニコニコと私の方に寄ってくる。殴られるのでは、と咄嗟に身構えたが、彼女は私を通り過ぎ、すぐ後ろにあった岩に座ってこう言った。
「私は射命丸文。鴉天狗です。あなたのお名前、教えてください」
その時の笑顔が、きっと私を墜としてしまったのだろう。
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