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ラーシュは、目の前でイェシカの体に次々とバグの傷が刻まれていく光景に、心の奥の、更に更にずっと奥が震えるのを感じた。頭では彼女が人間ではないとわかっているのに、強い衝動が体を突き動かそうとする。
「ラーシュ、ヤヴュルの秘密を教えた理由は、正直私にもわからない。でも、私の心が叫んでいるの。ラーシュを守りたい、と」
どこか寂しそうに微笑んだイェシカの体を、バグの塊が貫通する。細い片腕の一部にぽっかりと穴が空き、向こう側に黒く渦巻くバグが見えた。
「さあヤヴュル、一緒に帰りましょう。私たちの、あるべき場所へ!」
「イェシカ、何をする気だ!」
叫ぶヤヴュルに向かって、イェシカは一歩踏み出した。
「さよなら、ラーシュ。あなたと出会えて、私は幸せだったわ」
やめろ! とラーシュが伸ばした手をすりぬけ、イェシカはバグの竜巻の中へ飛び込んだ。
一瞬の出来事だった。イェシカを飲み込んだバグはしばらく何事もなかったように回転を続けた。
やがて、ヤヴュルの悲鳴が地を揺るがす。バグの渦は砂漠の中をのたうち回り、暴走した。不思議なことに、ラーシュの回りだけを避けながら……
*************
どれだけの時間が経っただろうか。暴走しながら次第に小さくなっていった渦が、ついにその動きを止めた。
ラーシュは、急いで渦が止まった場所へと駆け寄る。
そこには、横たわるイェシカの上で小さな黒いバグが渦巻いていた。バグの渦はしばらくすると、煙のように掻き消えてしまった。
「ああ、イェシカ……君は、なんてことを……」
抱き上げたイェシカの体はバグで穴だらけだったが、奇跡的に顔と片方の腕だけは原型をとどめていた。
「ヤヴュルは、私の人工知能バグと融合させたわ。あと少しで、私と一緒にヤヴュルも削除されるはず……」
苦しそうに話すイェシカだが、ヤヴュルが猛然と抵抗をしているのだろう。ヤヴュルの悲鳴が時おりノイズとなって、イェシカの声に混じる。
「君を失うくらいなら、警察のデータとか、俺の情報とか、全部ヤヴュルにくれてやる。だからイェシカ、消えないでくれ!」
ラーシュはもう自分が何を言っているのかもわからずに、バグに蝕まれたイェシカの体を抱きしめた。
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