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「石井センパーイ。タバコの灰、落ちそうですよ……って、あれ?」
明里が紙コップに入れたコーヒーを持って、再び部屋に入ってきたのだが、吉之のいつもの反応がないので首を傾げた。
「ああ、もう捜査会議は終わったのか」
吉之は急いでワイシャツの袖で目元をぬぐうと、机の上に落ちてしまったタバコの灰を片付けた。
「理由はわかりませんが、ゲーム上から一斉にスパイバグが消えてしまったので会議は途中で終わっちゃいました。もしこれで本当に消えたのなら、先輩もゲーム漬けの日々から解放されますね」
「もう、バグは出ないよ。また出たとしても、俺が駆除する」
会議前とはずいぶん変わった吉之の反応に、明里は驚いて目を丸くする。
「バグの駆除なんて警察の仕事じゃないって、さっきまで言ってませんでしたか? というか先輩、何か目が赤くありませんか?」
「ああ、今までほとんど休憩を入れずにプレイしていたから、充血したんだろう」
そう答えつつも、吉之は顔を明里から隠して新しいタバコに火をつけた。疲れ目には目薬がいいですよ、という明里のアドバイスは、ただの音として耳を通りすぎていく。
いくら話しても吉之の反応が薄いので、明里は軽く肩で息をつき、コーヒーが入ったままのコップを置いてドアの方へ歩いていった。
「佐藤、ありがとな」
吉之から唐突に告げられた礼に、明里は横に首を傾げながら、部屋を後にした。
一人になった吉之は椅子から立ち上がり、窓へと歩いていった。
人気のなくなった向かいのビルの窓にうつった真っ白な満月が、ガラスの向こうから静かに吉之の顔を照らす。
ふっと窓にふきかけたタバコの煙が、イェシカが消えた煙と重なった。
吉之は深いため息をつき、遠くからPCを見た。
ディスプレイには、赤い文字が点滅している。
《the bug defeated!》
(完)
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