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「石井センパーイ。タバコの灰、落ちそうですよ」
「ちょっと待て。今大事なとこだ」
白壁の小さな部屋に、こぎれいな黒いパソコンデスクとオフィスチェアが一組。
机の上には液晶ディスプレイが設置されており、足元にはPCの本体がジ、ジ、と音を立てながら稼働している。
部屋の小さな窓からは向かいのビルの窓から反射した光が、大画面に座って無心にキーボードを打つ白いワイシャツ姿の男の背を照らしていた。
明里(あかり)は軽くお辞儀をして部屋の中に入ると、コーヒーの入った紙コップを机の上に置いた。
女性らしいフリルのついたシャツの上からぱりっとノリの効いた灰色のスーツを着こなす姿からは、内からなみなみ溢れ出す、若手特有の気が感じられる。
「よし、これでまた一匹駆除完了だ」
ディスプレイに点滅する、《the bug defeated!》の赤い文字を見ると、吉之(よしゆき)は満足げに短いタバコを吸い殻でいっぱいになった灰皿へ押しつけた。
吉之は頭に載せていたマイク付きのヘッドセットを外して机に置き、先ほど明里が置いた紙コップを持ち上げてひとくち口に含んだ。
「今回の仕事、なかなかキツそうですね」
ぐったりと椅子の背にもたれかかって目頭を抑えている吉之に、明里は心配そうに声をかけた。
「バグは敵キャラと違って攻撃なんかしてこないし、駆除はゴミそうじみたいなもんだ。誰にでもできる簡単なお仕事だよ。これが警察の仕事かよ、と言いたいね」
吉之は自嘲気味に鼻で笑うと、新しいタバコに火をつけた。
現在吉之に与えられている仕事は、スパイバグの除去である。
オンラインゲームでは、通常運営会社がゲームの不具合やバグを修正するためのメンテナンスの時間を取る。
通常であればメンテナンス中はプレイできないが、吉之が担当するゲーム『Anda Tararna (アンダトゥーラナ)』は、メンテの時間をなくすためにバグをプレイヤー自身に処理させる画期的なシステムを導入した。
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