第一章 都市伝説

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溝端先生が私に一枚の紙を見せてきた。それは先程、森岡くんが渡してきたものたった。 「行かないのかい?」 溝端先生が真剣な眼差しで私を見た。私は、言葉を詰まりそうになったが答えた。 「分からないんです。私は、行くべきなのか考えると胸が痛みます」 そう、私が森岡くんの案が気に入らなくて却下したのではない。行きたいのか行きたくないのか自分でもはっきりしない。割り切れない思いをしていると、 「もう一度考えなさい」 と穏やかな声で言ってくれた。私は、返事をすると溝端先生はどこか寂しい表情をした。 「あれは、君がアシスタントだった時だったね。今じゃ、僕も七十二のじぃじぃだ」 溝端先生は、苦笑しながら言った。 「それを言ったら、私も六十のじぃじぃですよ」  ふたりで苦笑してしまった。  そうか、あれからだいぶ時が経ったな……。あれは、私がぺいぺいのアシスタントだった頃だった……。私は、虚空の目で昔を思い出が昨日のようによみがえってきた。 二 秋口、K県に取材に行くぞ。 そう言い、上司である溝端先生が満面の笑みを浮かべながら言った。 はぁ? と思わず、口から出てしまった。溝端先生は、仏頂面をして、 「だから、K県に取材に行くからお前も来いと言ってるんだよ」  と言うと、受話器を持ち、取材場所に寝泊りする旅館に電話をしようとしたので慌てておれは、 「だって、こないだは沖縄に行くって言ったじゃないですか」 と言ったのに溝端先生は、電話の邪魔だと言い、犬をはらいのけるかのようにしっしっとやられた。いつもそうだ。溝端先生は、突然仕事内容を変える。全く、好き勝手しておれの話なんか一度だってまともに聞いてくれやしない。 電話を終えた溝端先生は受話器をおろし、満面の笑みをおれに向けて、 「出発は三日後だ。準備しとけよ!」  と言うと事務室から出て行った。バタン、とドアが閉まる音が寂しく聞こえた。  こうして、おれは上司の命令で、 昭和五十五年 五月九日。  カメラマンのアシスタントとしてK県に向かったとき、二十八歳だった。
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