第一章 都市伝説

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山林の傾斜を登りはじめてから一時間ほどすぎた頃、渓流をへだてて一軒の農家がみえ、さらに山奥を進むと板壁作りの家々が陽光で村落にあふれていた。 家々からは炊煙が立ちのぼり、犬の吠え声が所々で起こっていた。おれが住んでいる場所とは違い、聞こえるのは鳥や葉がすれ合う音の独特の雰囲気がある山奥だった。 正直の感想といえば、ほかの村落と閉鎖的で限界集落のようだ。溝端先生は、この村で田舎の良さを取材したいと言っていたが、こんな人里離れた村で田舎の良さを伝えることができるのかと疑わしくなる。 そのとき、一人の老人が家の中から出てきておれ達のところへ歩み寄ってきた。 「遠い所からよう、おいでなさった。何もねぇ、村落だがゆっくりしてくだせぇ」 と言い、帽子をぬぐと丁寧にお辞儀をした。 おれは、自分が思った先ほどの言葉は撤回しようではないかと思った。 ……うん、良い村だ。 溝端先生とおれは、村長の家にお邪魔させてもらった。家の中は、殺風景としているが、きれいに片付けられていた。上り框、囲炉裏など昔懐かしい物が健在に使われていることに驚いた。まぁ、田舎だから当たり前かと自分に納得させた。 そのまま、村長に客間に案内されたおれ達は、座布団の上に腰をおろした。早速、溝端先生と一緒に村長から話を聞きだした。おれは、メモ帳とペンを準備した。 村長は、自分の生まれ育った村落が好きだと言った。村落では営々と続けられてきた生活があり、多くの人が死に、多くの子が生まれ幸せであったと。そして今、新しい命が減ってきていることが悲しいと答えると村長の顔は、焚かれた火が消えたかのように見えた。 かれらの他に若者はいないと言った。無理もないだろう。都市化が進むにつれ、過疎化が生まれるのは当たり前のことだった。おれは、窓の方から見える都会では味わえない自然がある田舎が姿を消してしまうことに悲しいと思った。そこには風にゆられるトド松が立派に立っていた。ずいぶん大きなトド松だなと思って眺めていると、そこに若い女性が立っていた。横顔しか見えないが、女性はとても美しく、可憐な一輪の花が咲いているようにも見えた。 すっかり、目を奪われていると、 「おい、秋口。 何、ボーっとしているんだ?」image=453102773.jpg
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