第一章

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◇ 「──ってまさかあそこで刀を投げるとは……しかも剣技だけで負けたなんてくそっ! それにしてもなんでいきなり死体が? あの娘がやったのか? 一体どうなってる?」  思い出しはしたものの、泡のように疑問が次々と浮かんでは消える。とにかくこのままでは不味いと汚れた服を払った。  立ち上がろうとした瞬間、 「キャァァァァァ――ッ!」  突然、背後から絹を引き裂くような叫び声が上がった。再び心臓が大きく跳ねる。ライルは中腰のまま、声のする方へはっと振り向いた。  表通りから射し込む明かりを背負って、少女の影が浮かび上がる。逆光で顔が完全には見えないが、息を呑む様子──恐怖に目を見開き、口元を押さえているのは分かった。  十メトル程の距離を挟んで、呆然と見つめ合う二人。口をぱくぱくさせた女性は、じりじりと後退りしながら、突然踵を返した。「ひっ!」とひきつるような短い悲鳴と共に、脱兎のように逃げ去る。 「俺じゃない……俺じゃないし!」  ようやく我に返ったのか、漏れたライルの言葉は口にした途端、引火したように、怒声となって迸る。思わず追いかけようと一歩足を踏み出した。  だが、追いかけたところで事態を悪化させるだけだと判断したのだろう。 「くっくそっ!」  ライルは怒りに顔を歪めて、悪態をつきながらも踏み止まる。そのまま死体を飛び越え、血塗れの外套(コート)を翻しながら、路地の暗がりへと消えていった。後に残されたのはクレハの斬撃で弾け飛んだ外套(コート)のボタンと死体のみ。  一体どこから現れたのだろう。その後ろ姿をじっと見届けた黒猫が一声鳴くと、  ──チリン――……  ライルを追い掛けるように首輪の鈴を鳴らし、走り去っていった。その尻尾が二つに分かれていたのに気付いたものは誰もいなかった──
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