黒の物語【1】

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【黒の物語――「それでも」】第一章  業暦 2011年  『光の天使』――そんな異名を持つアイドルがいる。  名前は『ユーリ』。  11歳の少女である彼女はその年にも関わらず、『ヴィジョン』と呼ばれるテス・リナリア独自の魔法の力を介した映像媒体で、世界各国に知られる存在である。  青みがかった煌く顎下をくるむように切りそろえられた黒髪に、リゾートの海のような澄んだ青色の瞳、小鳥のさえずりを思わせる人をして『天使の歌声』と称される美しい声に、華のある立ち振る舞い。  それら全ての要素を伴って、世界各国の人間の云わば『癒し』の存在となっていた。  彼女は基本的には歌手である。  異名通りの天使のような、はたまた妖精のようなその出で立ちで舞台に立ち、歌って踊る。  彼女が舞台に立つとなれば万と人が会場に押し寄せた。  ユーリは人に夢を与えるような仕事をしている事を誇りに思っていた。  父親と母親は世界を旅する旅人で、幼い頃からユーリは親戚の家に預けられていた。  父と母の仕事を詳しくは知らないが、なんでも二人にしか出来ない世界の為の事をしているそうで、寂しい思いをさせられているもののユーリは父と母を誇りに思っていた。  そんな愛する父と母に、自分も頑張っているからお父さんとお母さんも頑張って、というエールの意味と、頑張っている自分を見て欲しいという気持ちから、ユーリはアイドルという仕事に精を出していた。  「パパ、ママ、見ててね!」  彼女の控え室に置かれた真っ白な木に青の装飾が施されている旋棍、いわゆるトンファーに向かってユーリは言う。  何故トンファーなのか、と不可思議極まりないが、彼女が話しかけたトンファーは父と母のユーリの10歳の誕生日の贈り物だった。  娘の誕生日にトンファーを贈る両親も珍しいが、彼女の両親はそんな奇特な両親だったし、ユーリ自身が『強くなりたい』と言い幼い頃から体術の類を習っていたので、その流れでトンファーが選ばれた。  ユーリはステージに上がる前にはいつもこうしてトンファーに話しかけて行くのだ。  そんな、この親にしてこの子あり、という言葉を具現化した、なんとも奇特なアイドルは、今日も万を越える人々に夢を与える為、ステージに駆け上がって行った。            ××
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