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―――――
ブラウン管に繋いだケーブル。
その先には、今年の夏に購入したビデオカメラ。
何故購入したかは思い出せない。
画面の中に鈍色のドラム缶が1つ。
河川にその掃除機のノズルのような腕を沈め、魚を捕まえては、岸に投げている。
他者が見たなら至ってシュールな映像だろう。
しかし――
(う_-)「なんで…」
――どうしてこんなにも胸が苦しくなるのだろうか…。
傷だらけの腕で目元を擦れば、意も知れない涙の跡が付いていた。
――ここ半年近くの記憶が所々抜けている。
何故傷だらけなのか…それすらも分からない。
ただ、胸の奥深くにしまった何かが抜けているような感覚だけが、大事な記憶だった事を告げている。
『もういいよ!魚は充分だよ!』
画面の中で自分の声が流れた。
振り向き、ドラム缶は赤い瞳を此方に向ける。
『えーっと…魚を焼いて――さん…』
『カシコマリマシタ』
吐き出した単語に無機質な機械音を流し、ドラム缶が近づいてきた。
どうやら、あの単語がドラム缶の名称らしい。
だが、やはり記憶がない。
どうして、この純和風な名前を付けたのか、画面の中の自分に問いかけたい位だ。
――しかし、何処か懐かしい…そんな気がする。
記憶にはないが、何故だろうか。
歯痒いことこの上ない。
寝転がり、窓の外を眺める。
胸の内で自然と反芻していた、その単語を、それに向けて吐き出してみた。
(-_-)「貞子…」
声に出した誰かの名前は、しんしんと白い綿雪降る真っ黒な冬の空に溶け込んで行った…。
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