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救わなければならない。この清らかな腕を、汚らわしい分泌物から切り離すのだ。甘やかな妄想は消え去り、彼の頭の中は、その使命感でいっぱいになった。
この娘は、どの駅で降りるのだろう。おや、この駅か。ちょっと失礼、僕も降ります――吊革から手を放し、網棚のカバンを苦心して降ろす。小柄な少女は出口までに立ちふさがる人々の隙間を、器用にすり抜けて行く。急がないと見失ってしまいそうだ。いや、見失うどころか、出口にたどり着くことすらおぼつかない。降りると言っているのに、他の乗客は道を譲ろうともしないのだ。こいつらには常識も思いやりも無いのか。
ようやくホームに降り立つと、背後から悲鳴が聞こえた。何事かと振り返ると、目に飛び込んできたのは赤い吊革だった。先ほどまで、彼が掴まっていた吊革だった。すっかり忘れていたが、彼は数駅前で、他の少女の腕を救ったのだ。その後、次の電車に乗り遅れないよう、急いだせいで、手を洗いそびれた。
なんだ、そうだったのかと、彼は安堵した。汚れていたのは吊革ではなく、自分の手の方だったのだ。彼の関心は、再びあの小柄な少女に戻った。
あの娘はどこだ。よし、見つけたぞ。まだ改札口は抜けていないな。これならすぐに追いつけそうだ――警察? 僕に何のようだ。あんたらに世話になる覚えはないぞ。今は忙しいんだから、構わないでくれ。ああ、行ってしまう。あの腕を救わないといけないのに。その手を放せ。放してくれ!
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