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初夏の森の中。どこからか笛の音が響いていた。美しいその音にひかれて勝手に足が動いていた。
横たわった木に黒髪の青年が座って笛を吹いていた。その周りには、美しい音色とは似合わない痩せ細った野犬が耳を傾けていた。
黒髪の青年が突然、笛を吹くのをやめた。
「きれいだね、君の吹く笛の音は。」
笛の音に引き寄せられてきたひとりの少年が言った。いつの間にか近くまで来ていた。
黒髪の青年は何も言わずに笛をしまった。そして瞑ったままの目で少年を睨んだ。
やはり、何も言わずに少年に背を向けた。
「もう、終わりかい?」
少し残念そうに少年が聞いた。黒髪の青年は振り返りもせずに冷たく、
「何のようだ?」
「あんなに美しい笛の音、聴いたことなかったから。」
「……」
そのまま黒髪の青年は野犬を連れて何処かへ行ってしまった。
「んー。残念。もうちょっと聴きたかったなぁ」
そうひとりごちて少年は木々の隙間から見える空を仰いだ。
「…少し、荒れそうだな…。」
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