第壱部

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どこまでも続くかと思われた廊下は、唐突に終わりを告げる。 「こちらでお待ち下さい」 案内人は黙礼を残して退く。 どこへ行くのかと思えば、背後から高い電子音が鳴った。 廊下の一角にカードリーダーでもあるのだろうか。 初見で気が付かなかったということは、壁に擬態でもしてあるに違いない。 ご丁寧な事だ。 背後の案内人はこの先の人物と連絡を取っているようだった。 会話を聞かせないため、電子盤での暗号を使ったやり取りだ。 厳重なセキュリティー。 過剰な警戒心。 これから戦争を起こそうともなれば、それも当然の対応かもしれない。 後ろのやり取りがあまりにも静かなので、だだっ広い空間に一人きりであるような気分になる。 だからと言って気を抜くつもりはない。 案内人が見ていなくとも、どうせ何処かで監視カメラが動いているに決まっているのだから。 それにしても、と視線を巡らせた。 白い床、白い壁、白い天井……。 廊下から続くこの光景には、全くもって気が滅入る。 恐らく、入り口から此処に至るまでの距離感を掴ませないためだろう。 正直、此方としては廊下の長さなどどうでもいい。 それと、若干のマインドコントロール。 寧ろ、厄介なのはこちらだ。 今歩いてきた廊下のようになんの変化もない光景は、かえって不安を煽る。 加えて、窓一つ無い閉塞感。 そのからくりを知っていても、相手の思惑通りの感覚を懐いてしまう。 だから、呑まれるな。 顎を引いて前を見据えると、これまた白い扉である。 直前の心意気も霞み、思わず溜め息を吐いた。 嗚呼、障子と畳が懐かしい。襖や板の間でも構わない。 これが同じ日本だとは……。 「準備が整いました。どうぞお入り下さい」 待ちに待った言葉に、我知らず微笑む。 ようやく、だ。 あの悲劇。あの無念。あの約束。 それを、ようやく清算する時が来た。 「さて、行こうか」 ――変えられるよ。 「……うん、そうだね」 吐息にも似た微かな声で、記憶の中の彼女に返事を返す。 あの時は、そんなことは不可能だと決めつけていた。 それが今、こうして此処に居る。 白一色の扉がゆっくり開く。 その先にあるものは、まだ見ぬ未来。 ――これから変える、未来だ。
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