零 刻渡

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――何の変哲もない夜だった。 空には雲一つ無く、一面に天の川が広がっていた。 丁度お盆の時期で、その日は近くの神社だかお寺だかで祭りが催され、その帰り道だったと記憶している。 浴衣に下駄を履いた姉弟が三人きりで夜道を歩いていても、何も起こらないと誰もが経験的に知ってしまっているような、長閑な田舎町。 ただ街灯が極端に少ないことが難点だったけれど、それでも家路を危なげなく辿ることが出来たのは、満月に近い月明かりのお蔭だった。 「それにしても、何で忘れてくるかなあ、ケータイ」 涼やかな声が、本日何度目か分からない愚痴を溢す。 「だから悪かったって、時雨。 でも、いくら連絡ないからって迎えに来ないお母さんもお母さんじゃない?」 「それもそうだけど。 元凶がそれを言うと……ね、千尋?」 時雨が声を掛けると、前を行く華奢な少年が振り返って大きく頷き返した。 「うん、諒ねえはしばらく黙って反省していたらいいと思う」 「……」 外見は愛らしい小学生の弟からの辛辣な一言に、返す言葉が見当たらない。 来年中学校に入る千尋は成長期も声変りもまだまだ先らしく、幼さの残る顔立ちは、ともすればショートカットの少女のようにも見える。 その上、二つ年上の時雨とも顔がそっくりで、初対面の人から双子と見間違われることもしばしばあった。 二卵生双生児しか生まれない男女の双子は、遺伝的に似ないことがよく知られている。 つまり、どちらかの性別が誤認されているからこそ生まれる勘違いだ。 ……どちらとは言わない。 もちろん、実際には双子でも何でもない彼らの違いはよく見れば明白なのだが、姉の諒から見ても二人はよく似ていた。 「あれで県下トップの高校に特色化選抜で入った頭脳の持ち主だなんて信じ難いよね。 いつも肝心なところで抜けているし……将来が心配だよ。 千尋はもっと要領よく生きるんだよ?」 「大丈夫。 どう頑張っても諒ねえには負ける」 「……いや、あの、大変申し訳ございませんでした。反省しております」 妹弟に揃って責められ、立つ瀬のない諒は先程から平謝りである。 年上の威厳などあったものではない。 途中から、怒るというより諒をからかうことを楽しんでいた二人だったが、真剣に謝っている姉に気が咎めたのか顔を見合わせた。
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