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「まあ、忘れたものはしかたがないしね……いいよ。
ところで、確かに迎えに来るのが遅いね。
また寝てそうじゃない?あの人」
赦しを得られて安堵したのも束の間、時雨の言葉に眉を顰める。
「時雨、自分の親を『あの人』なんて言ったら駄目だって、前にも言ったよね?」
「まあまあ。反抗期ってヤツですよ、多分」
「自分で『反抗期』って……。しかも『多分』って……」
「なんだっていいよ。細かいことは気にしない」
時雨はそれ以上会話を続けようとはせず、笑ってかわした。
大抵、いつもこの話題はここで終わる。
「おれ、『母さんは寝ている』に一票」
「あ、千尋も?気が合うね」
振り返った弟が一瞬浮かべた気遣わしげな視線に、微笑を返す。
一方諒は納得のいかない様子だったが、これ以上問い詰めても時雨が折れないことはよく知っていたので、一先ず諦めた。
「にしてもこのまま行くと、母さんが迎えに来る前に家に着きそう」
ぽつりと呟く千尋に、姉二人は「同感」と苦笑した。
「そうだね……。
迎えが来るのが先か、家に着くのが先か……何か賭ける?」
冗談混じりの時雨の提案に、千尋が真っ先に「アイス!」と乗っかる。
「いいね、アイス。
じゃあ、あたしは『家に着くのが先』だと思う」
「わたしもそっちかな。
……何というか、今までのお母さんの行動からして」
「おれも!」
満場一致の結果に、諒は小さく吹き出した。
諒たちの家庭――桐谷家の教育方針は結構な放任主義で、今日のような事態は割とよくある。
良く言えば信頼を置かれているということなのだろうが、いくら連絡がないとはいえ、さすがに夜中に迎えが来ないことは初めてだ。
「みんな同じだと賭けにならないって。
どうする?時雨――」
何気なく目を向けると、横を歩いていたはずの妹の姿が無い。
「時雨……?」
視線を巡らせて姿を探すと、数歩後ろで何故か藪の方を凝視して立ち止まっていた。
「どうかした?」
千尋も時雨の様子に気付いたらしく、足を止める。
「今、藪の中から音が……」
「え?
なに──」
ぼそりと呟かれた時雨の声を聞き返そうとして、言葉を止める。
諒にも千尋にも藪の奥の方から音が聞こえたからだ。
しかも音を立てている何かは、次第にこちらへ近づいているようだった。
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