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だが、彼女はそれでも警戒心が抜けきれない様子でじりじりと後退り、十分な距離を取ってから身を翻して駆け出した。
勿論、そんなに警戒されたところで、姉弟のうち誰一人として追いかける理由も気力も無いわけだが。
「……何だよ、今の」
あっという間に姿を眩ませた女性の背中を見送ってから、ようやく口を開いたのは千尋だった。
「わかんない……外国の人みたいだったけど、こんな田舎に珍しい。
それに、何か怯えているみたいだったし」
応えたのは時雨。
「……ちょっと普通じゃなかったね。
でも怯えるって、何に?」
「……あたし、かも」
時雨の困ったような呟きに、千尋が顔を顰めた。
「何で?
時雨が何かしたわけ?」
聞きようによっては時雨を責めているようだが、千尋が女性に対して憤っているのだと諒も時雨も分かった。
時雨は苦笑する。
「……知らないよ」
弟が庇ってくれた嬉しさを噛み締めながらも、それを紛らわすために、女性とぶつかった時に飛ばされた巾着を拾いに行く。
だが、手に取った瞬間、違和感に気付いた。
「あれ?
あの人あたしの巾着袋を持って行っちゃったみたい……」
時雨が持ち上げた小さな袋は、確かに彼女が家を出てきたとき持っていた、浴衣と揃いのそれとは異なっていた。
「え!?
それ本当なら……追いかけないと不味い気が……」
「うーん……財布はお姉ちゃんが持っているし、扇子とポーチくらいしか入れてないから正直なくしても困らないけど、さすがにあの人は困るよね。
……どうしよう?」
時雨は困ったように諒を仰ぐ。
諒も考え込んでいた。
「こういう時って普通交番に届けるものだけれど、持って行ってもね……」
自慢ではないが、此処は『ど』が付くほどの田舎だ。
交番は小学校の近くにぽつりと一つ建っているのみで、しかも事件らしい事件が無いために駐在が交番に常に居ないと言う事態が起きていたりする。
事実、交番の近辺に住む人ぐらいしか彼の顔を知らないのではないだろうか。
最早交番として機能しているのかも定かではない所へ落とし物を届けても、結果はわかりきっている。
「取り敢えず、中に身分証みたいなものが入ってないか確認してみよう。
上手くいけば連絡が取れるかもしれないし」
尤もな意見に「それもそうか」と頷く。
早速三人は街灯の下へ場所を移し、袋を取り囲むようにして集まった。
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