零 刻渡

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しかし、中から出て来た物に、揃って首を傾げる羽目になる。 「時計に、扇に、笛……?」 「え?これだけ? 何か他に個人を特定できそうな物とか、ないの?」 「無い」 ごそごそと中を探っていた時雨が諦めてそう告げると、諒はお手上げとばかりにため息を吐いた。 「じゃあやっぱりどうしようもないか……。 このままここに置いておくわけにもいかないし、一旦持ち帰ってまた明日、駄目元で交番に持って行こう」 「そうだね。 それにしても、どれもこれも随分年季が入っているように見えるけど……」 「名前とか書いてないの?」 千尋が脇から懐中時計を取り上げ、興味津津に掌で転がす。 「小学生の持ち物じゃあるまいし……。 それより千尋、人様の物だから壊さないようにね」 弟に釘を刺しつつ、諒も扇に手を伸ばす。 時雨は残った笛を手に取った。 街灯の下、重厚な黒塗りの笛は鈍い光を映し出す。 漆塗りだろうか?笛に漆を塗るものなのか時雨には解らないが、なんとなく高価な感じがする。 しかも、形状も祭りの御囃子でよく見るような篠笛ではなく、凹凸があり装飾も施されている。 ただ、元は朱色か紅か、飾り紐の色が褪せてしまっているのが全体の高級感からして不釣り合いで、やけに印象に残った。 「うわ、この時計まだ動いてる!」 「螺子を巻くタイプなのかもね。 にしてもこれ、一体いつ頃の物? 多分、歴史資料館とか博物館に置いてあっても不思議じゃないよ」 諒の扇は椿を意匠にしており、骨組みにまで緻密な細工が施された、これまた豪奢な代物である。 千尋の懐中時計は言うまでもない。 諒は扇を丁寧に畳み、時雨に目を向ける。 「時雨は? 何か見つけた?」 「特にこれと言って……まあ、古い上に高そうってくらい」 そう言いながら手首を返して笛を反転させた時雨は、ある一点に目を留めて首を傾げた。 一点の曇りも無く塗り込められた漆黒に、小さな傷。 明らかに、完成した後で態と付けられたものだと判った。 色褪せた飾り紐とは別の意味で違和感を醸すそれに、時雨は興味を惹かれて目を凝らす。 ――『霜月灯』 薄明かりの下、どうにか読み取れた文字に時雨は再度首を傾げた。 人名のようでもあったし、この笛の銘と言われても納得出来そうだ。 とにかく、新たな発見を他の二人と共有しようと口を開きかけた、その時。 「──おい、そこの。 少しいいか?」
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