破れ目

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 目の前の肴とグラスの向こうに座った相手を、はて誰だったかと前後不覚の感覚に陥り愕然とする事がある。  暫しの逡巡の後、相手に気取られる事なく思い出しほっと胸を撫で下ろすものだが、時間にすれば僅かであれ自身の記憶の危うさに肝を潰す事が増えた。  手元のアルコールに意識が融けでもするのか、一つずつ重ねられる年齢からくる忘却の様な物か、熱にうなされでもしているかの様にほんの僅かな前後の時間がすっぽりと抜け落ちる。 「気付けば年を取ったものだな……」  垣内のそんな習いじみた台詞に解けかけた意識を手繰り寄せた。  そもそも垣内の来訪も二年ぶりにはなるだろうか。  忘れた頃に顔を突き合わせる古い友人とも知人ともつかない様な相手とは、不思議と関係が切れないものだ。  数年間隔で間遠くなる逢瀬は、その都度これっきりになりはしないかと訝ったが、何の因果か今の今まで続いている。  昔の様に頻繁に顔を見る事もない互いから、自然会話は数年の報告の様な味気ない物や、そう華やかでもなかった筈の昔を懐かしむ様な思い出話が口をつき、ふと言葉が途切れると会わなかった年数分の空白が、昔の様な親密さも遠退き距離を詰める事も叶わぬ隔たりが横たわり、沈黙に促される様にグラスに手を伸ばす。  そんな間柄が、親密すぎると却って煩わしく、知らぬ同士だと気が引ける様なそんな微妙な距離を丁度いいと感じてもいた。
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