破れ目

3/19
前へ
/19ページ
次へ
「最近腰痛が酷くて……もう若くはないって事だろうね」  私が引き取ってそう言うと、話は自然垣内の入院生活に及ぶ。  不景気な話を無理に笑おうと自らを囃し立て、興が乗って来るにつれはしゃいで猥歌でもがなる様な傲慢な趣があった。 「入院してたなんて初耳だが……」  つい今しがた聞かされた垣内の入院も、今の今まで私は知らなかった。  仔細に尋ねるのは立ち入った事の様に思え躊躇われたが、垣内は相変わらず自分を囃す様に淀みなく自嘲気味に語った。大腸癌だと言う事だった。 「おいおい、飲んでいいのか?」  思わずそう口をついたが、垣内は意に介したふうもなく嘲る様な緩い笑いを鼻先から漏らした。 「たまには飲まなきゃ違う病気になっちまう」  私は何と返すのが適切なのか言葉を探したが、また互いの隔たりが意識されるばかりで何も浮かばない。  垣内はグラスを傾けると私の当惑を見て取ったか、言わなきゃよかったかと言う様に眉を曲げ、継いで目の前の刺身に箸を伸ばし口を開いた。 「なに、調子のいい時ごく稀に飲むだけだ。どのみち嘗める程度の僅かな量だよ」  そして酷くゆっくりとした挙動で箸を口に運んだ。  暫く途切れがちな会話が続いた後、垣内は「さて、そろそろおいとまするよ。御馳走様」と言い置いて座を辞した。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加