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まだ空が暗い夜明け前。
霧が世界を覆う。
朝には雨が降るかもしれない。風も出てきたから荒れてしまうかもしれない。
だが、そんな心配をする少女をよそに少年は薄茶色のトレンチコートを身に纏い、腰にある一本の細身の剣以外の荷物を持たない状態で薄く笑った。
「もう行くよ」
優しい口調で素っ気なく、青年…イクセル=ロックフォードは少女に言う。
「何のために何処へ行くの?」
「………」
少しだけ厳しい口調の少女の問いには答えない。
答えられないわけではないのだ。
ただ、曖昧を口に出したくないとイクセルは言葉を飲み込む。
「もう神聖国には行けないのに何処へ行くの? もう行くところなんて…」
「暫くは帝国を周るよ」
「周ってどうするの? どこにも腰を落ち着かせない気?」
「――…僕がいることで危険に晒されることになるのなら、腰を落ち着ける場所なんてありはしない。僕がいる事で、いずれはこの町も狙われる」
「だから周りに迷惑をかける? だからこの町からも出て行く? 自惚れないでよ。狙われてるのはイクセルじゃなくて、あの人でしょ」
「分かってないよ、トリーシャ」
小さく嘆くようにイクセルは呟いたが、少女…トリーシャ=シェルマンは真っ直ぐに揺らぐこと無い瞳をイクセルに向けたままだった。
「君は何も分かっちゃいない」
それだけ吐き捨てるように…されど静かに言うとイクセルは踵を返す。
丁度、蒸気機関車が黒煙を上げて到着すると、イクセルはトリーシャへと背を向ける。
「さよならだ、トリーシャ」
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