ある初夏の日

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彼女に会ったのは10年も昔だが、 はっきりと覚えている。 没落貴族だったゼイウォン家、 その庭で私は一人泣いていた。 その日は新しい家庭教師が来るはずだったが、 時間になっても誰も来なかった。 庭で一番大きな古木の下、 できるだけ声を殺して泣いていた。 「あの・・・」 不意に聞こえた声に、顔をあげると、 一人の女性が立っていた。 風に揺れる長く、茶色い髪。 木漏れ日のような温かな緑の瞳。 「いかがなさいましたか?」 彼女は緩く首を傾げ、私の隣に屈みこんだ。 没落貴族の屋敷とはいえ、 何故、見ず知らずの人間が庭にいるのか、 不思議とその時は、全く疑問に思わなかった。 「き、今日・・・家庭教師のせんせ、先生が来るはず・・・なのに。  待っても待っても、来て、くれなくて。  うちが・・・貧乏な、貴族だから・・・だれもそんな家に、  仕えたくないって・・・みんなが・・・ぐすっ」 その時の私は、きっとひどい顔をしていただろう。 答える声も途切れ途切れで、聞き取りづらかったと思う。 「ああ、それは申し訳ありません」 彼女は優しく微笑み、立ち上がると、 美しい動作で一礼した。 「私が今日から、家庭教師を務めさせていただきます、  セエレと申します」 ぽかんとする私に、彼女はもう一度微笑んだ。
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