ある初夏の日

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あれから五年。 ゼイウォン家は、かつてと同じ、 いや、それ以上の名門貴族となった。 私は、女王陛下から侯爵の地位を授かった。 一年ほど前から体調を崩しがちになった両親に代わり、 今では、一族の代表として仕事をする立場になった。 屋敷に務めるメイドも、庭師も増えた。 何もかもが良い方向へ進んでいる。 ただ、彼女がいないのを除けばだが。 考え事をしながら、歩いていると、 無意識にあの古木の、切り株の前にいた。 この五年間、何度も彼女のことを思い出して、 そのたびに考え、そして気付いた。 誰に話しても笑われてしまうような事だが。 「セエレ、貴方は、この古木だったんだね」 人として、私たちと生活していた彼女が、実は木だった。 そんな馬鹿な話と思われるだろう。 だけど私は、そうだと信じているのだ。 地面に座り込み、切り株をなでる。 彼女がいなくなった時と同じ、初夏の風が吹いた。
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