疑問

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「それは貴恵さんからだよ。彼女が指定したんだ。駅に近くて解りやすい場所だからじゃないのかな? あっ ! 」 「どうしたの?」 「そうか。そういう事か。思い出したよ。清田と飲んだ時の事だけど……彼はベートーベンを尊敬していた。気に入りの店を見つけたと言ってたんだ。あの店の事かも知れない。うん、そうだ。あの時、ショパンの【幻想即興曲】を引き合いに出して」 「ショパン?」 「うん。ピアノを弾く者なら必ずショパンの幻想即興曲を弾きたいと願うものなんだそうだけど、彼が言うには、幻想即興曲はベートーベンの……【月光】の第三楽章を真似たものだと言うんだ」 「まね? パクりなの?」 「うん。ショパン自身は当時、幻想即興曲の楽譜を伏せていたそうなんだ。それは月光の第三楽章に曲調と構成が似ていた為に、人真似と批判されるのを警戒したに違いないと。ところが後になって、ショパンの死後に……素晴らしい名曲を眠らせて置くのは勿体ないと、これを弟子が発表してしまった」 「まあっ ! 弟子が勝手に?」 「うん。だけど幻想即興曲は美しいメロディーラインだよ。僕も気になって聴き比べてみたけど月光の第三楽章とは、ずいぶん違う。全体的には女性的で優しい響きだ。第三楽章は男性的……と言うより芸術性が高い。譜面の指示も厳密だし、起伏に富んだ表現力を要求されるから相当な経験を踏んだ上級者でないと弾きこなせない」
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